---名栗の伝説---
| ■竜頭(たつがしら)と雨乞い 下名栗の諏訪神社に現在の獅子頭(ししがしら)の形式でなく、古い時代の「三体の竜頭」があったといわれる。現在も二体は残っている。 ある夏の日のことである。下名栗村の人々が空を見上げながら、 「雨が降らねえ、これじゃあとても作物の収穫あ見込めねえ。なんとかならねえかい」 「あんとかしねえとなあ。おらが畑はカラッカラだあ。鍬(くわ)あ振るうと土埃(つちぼこり)が立たあ」 そんな昼下り、村人のひとりがなにかを思いついた。 「そおだあ、神社だあ。諏訪神社の赤い女(め)獅子をお借りしてくんべえ!」 村の鎮守・諏訪神社に古い竜頭が三体あることを思い出した。そしてその三体のうちの一体、赤い女獅子を持ち出し、うやうやしく掲げ名栗川のほとりまで運んで行った。 それから、体の部分を束(たば)ねた麦藁(むぎわら)で念入りにこしらえ、頭に竜頭を大事そうに乗せた。立派な女獅子の立ち姿である。それをそっと名栗川の流れの中へ立て、飾った。 大勢がぞろぞろと後につづいた。 この獅子が立てられたたは、名栗川のマチマヤの淵(ふち)であったという。 人々は我先にと流れの中に入って行く。中には褌(ふんどし)一丁の若い衆もいた。夏のことで名栗川の清流は爽快(そうかい)ですらあった。 人々は胴体が麦藁でできている女獅子の周りを取り囲み、一斉に手に水をすくい掛け始めた。まるで女獅子に、大粒の雨が降り注いでいるようであった。 水を掛けながら、人々はなにか唱えごとをしている。 「六根清浄(ろっこんしょうじょう)、六根清浄、六根清浄、六根清浄、六根清浄」 六根清浄の大合唱となった。「雨乞(あまご)いの祈願である。 雨乞い祈願もやがて終わり、そのうち、人々の願いが叶(かな)って雨が降り始めた。しかし意外なことがおこった。降る雨を眺めていた村人が呟(つぶや)いた。 「はあ雨もこのぐれえでいいやあ。止んでくんねえかなあ。畑に出ねえと」 人々の願いをよそに雨はさらに激しさを増し、よういならない事態になってきた。大降りの雨は、名栗川を激流となって流れ下り始め、女獅子は川の急流に流されてしまったのである。 人々は懸命に川の淵や川下を捜した。しかしどこをどう流れたものか、女獅子は見付からなかった。獅子が流されたその時、「獅子が唸(うな)った」とも伝えられている。 古くからの下名栗の人は、大太夫(おおだい)と小太夫(こだい)だけになってしまった獅子頭を、隠居(いんきょ)獅子と呼んでいる。 |